どのようなblogに惹かれるか
少し読んでいて面白い、もっと読もう、と思うblogは
・書き手の感情をあまり隠さない
・書き手自身を笑い飛ばせる
・他人の悪口を言うときに自分を正当化しようとしない 安全地帯に非難してから悪口をいうことはしない 悪口を言うことそのものはOK
・ある情報を紹介するだけでなく、そこに書き手の考えを付け加える
・何がいいたいのか理解できる 私はこう思います、主張の内容は全部わからなくても、方向はよくわかる
読む気がなくなるコメント、blogは
・匿名でコメント欄に偉そうなことを書く メールアドレスもwebサイトもリンクを張らない もしくは張っているように見せかけて b@aaa.jp のようなスパムもどきのアドレスを書く
・何がいいたいのかわからない あることについて賛成なのか、反対なのか? 好きなのか、嫌いなのか? 現実は白黒つけられないことが圧倒的に多いけど、自分の感情はたいていはっきりしているはずだ それを読みたいのに
これらは全て、「こんなblogを書きたい」と「こんなblogは書きたくない」につながる。自分が好んで読むblogは皆何かしら、こんな風に書いてみたい、と思わせる要素をもっている。
何が書きたいのかわからない、と唸るときがままあるが(今日もそうだった)、そういうときは「何を読みたいのか」を考えるとすっきりするかもしれない。いや、すっきりするはずだ。
そうすると、自分が読みたい(書きたい)ものは
・客観的事実 よりも 視点の取り方
・苦悩 よりも ユーモア
・安心 よりも 興奮
・高潔 よりも 煩悩
・努力 よりも 知性
・謝罪 よりも プライド
・こうでなければいけない よりも ほかにやりようはある
・頑張る よりも 楽しむ
・真面目 よりも 真剣
・モノ よりも 使い方
・同化 よりも 異物
・期待 よりも 好き
あと、「おだやかな笑顔であっても『こんな風にしたり考えたりするのが当然』という暗黙の了解に包まれた仕事」 よりも 「やりたいと思ったことは本当に自由に意思表示できる中での仕事」 というのをキャッチフレーズ化したかったけど眠気と風邪にやられた。
onoです
丁寧なコメントを残して頂いてありがとうございました。
片岡義男「日本語で生きるとは」、知りませんでして、ネットでとんでいって、表紙が良かった(笑)ので、さっそく注文してしまいました。
言葉と表裏をなす文化の問題も面白いですね。
つい最近、文化人類学者の話を聴く機会に恵まれ「となりのトトロ」の日本の文化性を教えてもらっていました。
いやぁそれにしても、ものすごいですねぇ。リンクをたどってきて、いきなり今日はYsukuni・・・ですもの。
Isaoさんのこのblog、今後も楽しみにしています♪
Posted by: ono | January 07, 2004 at 21:23
いらっしゃいませonoさん、温かい言葉ありがとうございます。
タイトル買いは何度か痛い目に会いましたが、表紙買いはいけるかな?今度やってみます。
amazon.comの立ち読みサービスが日本でも始まると(始まらないような気がしますけど・・)、ぐっと「あたり」の確率が高まるでしょうね。3ページくらい読めば、自分と相性が合うかかどうかはだいたいわかる、と思います。
Posted by: Isao | January 07, 2004 at 22:22
…1つ1つの言葉が胸に突き刺ささるようです。
参考になりました。
…イヤ、参考に、します。
Posted by: たろー。 | January 07, 2004 at 23:17
たろーさんお褒めいただきありがとうございます。
しかしネタにつまって書いたエントリーにたくさんコメントをもらうとなんかむずがゆくなってきます。みんなblogそのものについて考えることが多いのでしょうかね。僕は「気楽に書けて発表できるツール」であれば形態はなんでもよかった、とこれまで考えていましたが、本当はblogならではのなにかに惹かれたのだろうか、とちょっと考えてしまいました。
たろーさんのblogに乗っていたカタカナ語の氾濫、僕は英語をそのまま使うか、漢字に翻訳するかどっちかにしたほうがかっこいいのに、と考えています。そういうわけで外来語から漢字への翻訳を未だに続ける中国語を学びましょうー。
Posted by: Isao | January 07, 2004 at 23:34